EvernoteのPhil Libin氏が、「100年企業を作る」という構想を語っています。
先日のTechCrunchの記事でも取り上げられていましたが、昨晩、Evernoteご一行様が豚組しゃぶ庵にご来店になった際のPhilのスピーチでも、同じことが語られていました。そしてその内容には本当に深く感銘を受け、心から感動しましたので、それをここに書き留めておきたいと思いました。
まず、昨晩のPhilのスピーチは、僕の記憶だけを頼りに概要をまとめると、こんな内容でした。
Evernoteは、今や全世界で1,000万ユーザーを誇るまでになりました。そして、日本のユーザーはそのうちの200万人を占めます。日本は、Evernoteにとって最も重要な市場の一つといえるでしょう。しかし、日本はそういった営業的側面にとどまらず、Evernoteにとってもっともっと大事な価値を持っています。
先日、セコイアから5千万ドルの追加資金を調達した際にも語ったことですが、私はEvernoteを『100年続く企業』にしたいと考えています。私たちは、Evernoteを売却するようなEXITは全く考えていません。100年続く会社を育てる。それこそが目標です。今回調達した資金も、すべてはそのためです。
しかし、実は100年続くなどという目標を掲げる企業は、シリコンバレーでは非常に珍しい存在です。それを語る経営者もほとんどいません。しかし、Evernoteはユーザーの大切なデータや記憶を預かるサービスである以上、その事業を長く長く続けていく責務を負っているのです。
なぜ私がそう考えるに至ったか。その原点は、まさに日本にあります。日本では、むしろ100年続けるという目標を掲げる企業は決して少なくないのではないでしょうか。そう、私は、日本でそれを学んだのです。
確かに、これほど変化の激しいネット業界で仕事をしていたら、ほとんどの人は「100年先」を考える余裕なんてないでしょう。それより、半年後、一年後にどう生き残り、あるいはどう急成長を実現するかで精一杯なのではないでしょうか。 そういう意味では、実は日本でも、100年後を見据えて事業展開できている会社なんて、ネット業界にはほとんどいないのではないかと思います。
実は、豚組を作ったときに私が掲げたのが「50年、100年後に老舗と呼ばれる店を作る」でした。今の飲食業界も、昔に比べるとお店の入れ替えが激しくなりました。流行の期間は非常に短く、新しい業態が登場しても、あっという間に消費され飽きられてしまいます。お店を出しても、それを長く続けるというのは、本当に難しい時代になってしまいました。結果、飲食店経営者の間でも「いかにして初期投資を低く抑えて利益を得やすくし、短期間に一気に回収して撤退するか」という考え方が主流にすらなりつつあります。しっかりとした投資をして、そこで何十年と続くようなお店をやろうと考える人は、今や本当に少数派です。
だからこそ、私は「お店の数」や「売り上げ」ではなく、規模は小さくても、50年100年続くような、そしてその頃には「老舗」と呼ばれているようなお店を作りたかったのです。(しかし、それは本当に難しいことだと、開店して4年足らずで改めて痛感しています)
日本で、そしてネットではなく飲食業界ですらこれが現状です。その中にあって、Evernoteが100年企業を作ると宣言することがどれほど画期的で大胆なことなのか。これは、業界を知る人ほど強く感じることなのではないでしょうか。
しかしこれは、別の角度から考えれば、実はごくごく当たり前のことだとも言えます。100年企業を目指すこと。それは、「ユーザーが安心して自分の大切な情報をすべて預けるに足る存在になる」ことだからです。一言でいえば、つまり「信用」の問題。
実際、私たちユーザーがクラウド系のサービスを利用するときに最も心配するのはその点だったはずです。私自身、自らのメール環境をGmailに全面的に移行するときにも、「本当にGoogleに全部預けちゃって大丈夫なんだろうか」と心配したことを今でも思い出します。もしGoogleがつぶれてサービスが続けられなくなったら。もし他社に買収されて、サービスが中止されたら。そういうリスクはいくらでもあります。自分がHDDを購入してそこにデータをため込むのもリスクは大きいのですが、自分の知らない、得体の知れない誰かがやっているサービスに全てを預けるのも、本来的には相当に覚悟のいる話ではあります。
近年、クラウド系のサービスは次から次へと登場していますが、そのときに、ほとんどの人は無意識のうちに「このサービスはずっと安心して使い続けられるだろうか」という判断を下しているはずです。今やクラウドはごくごく当たり前の存在になってしまったので、多くの方がそれを明示的に意識することは減っているかもしれませんが、それでも「こいつはちゃんとこのサービスを永劫続けていけるんだろうか」ということを頭のどこかでは意識しているのです。
では、実際にサービスを提供する側は、それをどこまで重視しているでしょうか。残念ながら、そこを重要視している会社は、それほど多くないのではないかと思います。Going Concernを考えるとしても、それは「自分たちが生き残る」という視点であって、ユーザーに対する責務と考えるケースはほとんどないでしょう。
むしろ、いざというときに備えて利用規約に免責をしっかり盛り込み、またある程度サービスが大きくなったら他社に全部売ってEXITしようと考える人も、少なくないはずです。そしてそのようなことを考える人の頭には、決して100年企業などという発想は浮かんでくることはないでしょう。
もちろん、それも一つの考え方であって、必ずしも「悪」ではありません。たとえば、サービスの「立ち上げ」に得意な人が、それを「育てる」ことも得意であるとは限りません。むしろ外部の企業にサービスを売却して、より大きく育ててもらうという判断が正しいこともあるでしょう。その方が、結果としてユーザーだってハッピーになるかもしれません。また、EXITが描けなければ、VCから資金を調達することもできませんから、そうなれば、そもそもサービスを続けていく資金に困ってサービスが止まることだってあるかもしれません。
しかし同時に、「どこかで辞める」ことを大前提にしてサービスを提供している限り、ユーザーの深い信頼を得ることもままならないのではないか、というのも一面では真実でしょう。
そしてPhilは今、まさにそれに真っ正面から向き合っているのですね。
彼はこれまで、Evernoteはあなたの第二の脳だと語り、そしてそこに人生のすべてを保存していこうと呼びかけてきました。それはEvernoteを単なる「メモツール」から脱却させる上で実にキャッチーなメッセージですし、それこそが今のEvernoteの独自の地位につながっていると言っても過言ではないでしょう。しかし当時に、それを語るには、それ相応の覚悟と責任が必要であり、またその資格を得るのは並大抵のことではないことも、すべて理解しているのでしょうね。そしてこのような考え方や姿勢こそが、Evernoteを特別な存在にしているのだと思うのです。
クラウドという概念やインフラサービスが登場し、過去には考えられなかったくらい、新しいサービスを開発し提供するハードルが下がりました。それに伴って、数え切れないほどたくさんのサービスが登場しています。従来では採算のとれなかったようなニッチなサービスでも成立しやすくなり、起業する人にとっては恵まれた環境ができつつあると言えるでしょう。(この参入障壁の劇的な下がりっぷりは、まさに外食産業がたどった道と似ている気がするのですが、それはまた別の機会にでも)
しかし、参入するのが簡単になったからといって、そこで成功することまで簡単になったわけではありません。むしろ、競争が激しくなった分、その中で生き残るのはむしろ以前よりも遙かに難しくなった側面もあるはずです。
では、その中で、今後どんなサービスや企業が生き残るのでしょうか。もちろん、アイデアも大事です。技術力だって不可欠です。デザインやマーケティングやマネジメントの巧拙も重要です。しかし、実はそれだけで勝てる世界は、どんどん狭まってきているのかもしれません。そして、Philが提示した「サービスを提供する者としての矜持や覚悟」を持っているかどうかが問われる時代が来るのかも。なぜなら、そういう覚悟を持つ者が作るサービスなら、開発者のモチベーションも違ってくるし、そこには魂が宿り、その熱量は絶対にユーザーにも伝わるはずだから。そしてそういう会社でなければ、ユーザーからの尊敬も信頼も得られないだろうから。
そういうわけで、ビジョナリーとしてのPhilの言葉から、なんとなくそんなことを感じた次第です。
てか、Philをみていると、「ビジョン」ってのはこういうことを言うんだよ、ってのをホントに教えられますね。彼の語ることはいつも実に深く示唆に富んでおり、物事の本質を見事に見抜いていて、彼の語ることと比べれば、僕らの語ってることなんて単なる「目標」にしか過ぎないよね、と痛感させられます。
ともあれ、こんなことを偉そうに書き綴っているいる自分自身も、FrogAppsという会社でサービスをスタートしようとしているわけでして、これはすべて壮大なブーメランになるという一面もあるわけですが。
改めてその覚悟をしっかりと持たなければと教えられた気がする今日この頃でした。
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